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EDITORIAL · 2025-Q3
視点

誰が会議の価値を決めるのか 出演料の上限、そしてその権力の移動

2025年秋、Netflixはトップ俳優の出演料を1話あたり3億ウォン台に抑え込んだ。これは喜ばしい出来事ではない。価格設定の権限がどこへと移ったのかを問う事件である。

KONTENTS INDEX 編集部・読了目安4分
序論

2025年9月、業界の一行ニュースが静かに広がった。Netflixが新たな契約で、トップ俳優の1回あたりの出演料を最大で3億円台に制限し始めたというものだ。かつては1回あたり4億円、5億円、さらには8億円とまで呼ばれていた身価を考えると、劇的な後退である。制作費に圧迫されてきた韓国ドラマ業界にとっては、歓迎すべきニュースのように聞こえる。しかし、この光景を単に歓迎として読むだけでは、私たちは本当に重要な問いを見逃してしまう。

質問は出演料の金額そのものではなく、その金額を誰が決めるかです。ほんの数年前までは、出演料は俳優と所属事務所、制作会社が綱引きの末に合意する市場価格でした。しかし2025年第3四半期、あるグローバルプラットフォームが事実上単独でその価格を「公示」する光景が広がりました。価格決定権の所有者が変わったのです。これが今四半期の韓国ドラマ産業が直面している本当の問題です。

700億ウォンで作られた非対称

この事態の根底には、制御不能にまで膨れ上がった制作費がある。ディズニープラスの『北極星』は約700億ウォン、Netflixの『ポクサク・ソガッスダ』は約500億ウォン、『ムービング』は約650億ウォンが投入されたとされている。1話あたりの平均制作費はすでに20億ウォンが基本となっており、日本のドラマが1話あたり10億ウォン前後、トップ俳優の出演料が1話あたり数百万円程度という事実と比較すれば、その格差は異常と言える。

この費用の大部分はごく少数の人々に集中している。韓国ドラマ制作会社協会によると、俳優の出演料と脚本家の原稿料を合わせると、総製作費の約3分の2に達するという。「爆笑!騙されたわ」の主演2人の1話あたりの出演料はそれぞれ5億ウォンで、全16話のシリーズ全体では約160億ウォンに上ったと伝えられている。製作費は急増したが、その恩恵は作品全体ではなく、頂点に立つほんの一握りの人々に集中してしまった。協会が「1話あたり10億ウォンという声が現実だ」と自嘲気味に嘆いた声明も、この不均衡が原因である。

隠された請求書:消えた作品たち

爆発的に高騰した単価の請求書が、思いがけないところから舞い込んできた。制作されるドラマの「数字」自体が崩壊したのだ。制作本数は、2022年の約135本から2023年は123本、2024年は100本前後へと激減した。たった2年で、4分の1以上が消えてしまった。

高額制作費を投じた『テンプルフォール』のような作品が数本話題を独占する一方で、中規模の安定した作品群が丸ごと消えてしまった。放送局は広告収入だけでは制作費を賄えなくなり、水木ドラマといった伝統的な編成枠を次々と廃止した。新人俳優がキャリアを積む舞台、脚本家が失敗しながら学ぶ機会、スタッフが生計を立てる現場——これらすべてが縮小してしまった。産業の外観は700億ウォン規模の大作によって華やかになったが、その基盤となる生態系の腰は空洞化してしまった。

上岸線』という両刃の剣

そのため、Netflixの出演料上限は両刃の剣だ。一方で、それは市場が自己調整に失敗した場所に介入する外部的な規制である。中国が出演料を総製作費の40%以内に制限した事例が業界で話題になっていたところ、実際にこの「刃」を振り下ろしたのは、政府でも協会でもなく、発注元という単一の主体だった。

反論は明白だ。出演料の上限は結局制作費を最も合理的にコントロールできる現実的なてこであり、誰がそれを振るうかに関わらずバブルを抜く行為自体は正しいということだ。筋は通る。しかし、価格を決める力こそが産業を定義する力である。出演料を束ねられる主体は企画の方向性や作品のトーン、さらには誰が生き残るかさえも決めることができる。バブルを抜いた手と首輪を握る手が同じであるという事実、これが上限設定の本当の重みである。

結論

Netflix などのグローバル資本が「必ずしも K コンテンツである必要はない」と言い、目を日本や東南アジアに向ける可能性があるという警告は、決して口先だけのものではありません。発注者が価格を決め、編成を決定し、存続さえも左右する構造の中で、韓国ドラマは創作の主体ではなく、単価が設定される 供給先 に転落する危険にさらされています。

2025年の第3四半期の出演料上限は、単なるコスト削減のニュースではなく、権力移動のシグナルとして読み取るべきだ。真の課題は「いくらが適正か」ではなく、その適正ラインを我々の業界が自ら決める能力を取り戻せるかどうかだ。誰が一回の料金を決めるのか。この問いに自分たちの手で答えられない限り、上限が解除された日には必ずバブルが再び訪れる。